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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)35号 判決

原告

甲野太郎

右法定代理人後見人

甲野一郎

原告

甲野一郎

外一名

右三名訴訟代理人弁護士

加藤良夫

多田元

被告

右代表者法務大臣

中村正三郎

右訴訟代理人弁護士

入谷正章

右指定代理人

中島務

外四名

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、一億〇七三八万一八一二円及びうち一億〇一三三万六八一二円に対する昭和五八年七月二七日から、うち六〇四万五〇〇〇円に対する平成三年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野一郎に対し五四九万五〇〇〇円及びうち五〇〇万円に対する昭和五八年七月二七日から、うち四九万五〇〇〇円に対する平成三年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告甲野春子に対し五四九万五〇〇〇円及びうち五〇〇万円に対する昭和五八年七月二七日から、うち四九万五〇〇〇円に対する平成三年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告甲野太郎のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告甲野太郎と被告との間においては、同原告に生じた費用の四分の三を被告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告甲野一郎、同甲野春子と被告との間においては、全部被告の負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告甲野太郎に対し、一億四八一六万三九五〇円及びうち一億四二一一万八九五〇円に対する昭和五八年七月二七日から、うち六〇四万五〇〇〇円に対する平成三年一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  主文第二、第三項同旨

第二  事実関係

一  請求原因

1  当事者及び診療契約の成立

(一) 被告は、名古屋大学医学部付属病院(以下「被告病院」という。)を開設して医療行為等の業務を行っているものである。

(二) 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、昭和三七年三月二八日生まれの男性であり、昭和五七年一〇月一四日被告病院において左頸部腫瘍(ガマ腫)の治療のためその摘出手術を受けたところ、昭和五八年四月頃、当該部位に再び腫れが生じたため、同年六月一五日、同病院で診察を受けた結果、左頸部リンパ管腫瘍(良性)と診断され、再度腫瘍摘出手術を受けることとなり、同年七月八日、同病院に入院した。そして、右入院の際、被告において原告太郎に対し、右の左頸部リンパ管腫瘍に対する適切な診療行為(全体状態に対する術後管理を含む。)を行うことの準委任契約(以下「本件医療契約」という。)が、両者間に成立した。

2  手術の経過及び事故の発生

(一)(1) 同月二五日午後二時二五分、被告病院において、同病院の医師上田幸夫(以下「上田主治医」という。)及び高牟礼寛医師(以下「高牟礼医師」という。)らにより、原告太郎に対し、左頸部の切開及びリンパ管腫摘出手術(以下「本件手術」という。)が施行され、侵襲のかなり大きな拡大手術となり、所要時間も五時間五〇分に達した。

(2) 腫瘍摘出後、手術創の血液や分泌物を外部へ出すため創部にペンローズドレイン(以下単に「ドレイン」という。)が挿入され、原告太郎は引き続き被告病院に入院して術後管理を受けていたが、同日午後一〇時、翌二六日午前二時、午前五時三〇分、午前一〇時、午後五時、午後五時三〇分、翌二七日午前二時四五分においてそれぞれ原告太郎のドレインから持続的に出血していることが認められ、右出血のため頸部のガーゼ等が汚染されていた。そして、ほとんどの場合相当な出血量であった。

(3) 原告太郎の看護に当たっていた同病院の看護婦安藤詳子(以下「安藤看護婦」という。)は、同日午前三時、原告太郎のドレインから出血が続き、原告太郎が何度も痰を出して苦しさを訴えていたこと及び手術部位が腫れていることをそれぞれ認めていたところ、同日午前六時三〇分、原告太郎から息苦しさを訴えられたため、同病院の当直医乙山丙男(以下「乙山当直医」という。)に連絡した。乙山当直医は、原告太郎の頸部のガーゼが手術部位からの出血のため汚染されていたこと、創部が腫れて、皮下出血があること、及び、脈拍数が同日午前二時四五分の時点の七二から一一二に急上昇していることをそれぞれ認めたが、気管内挿管や気管切開術は行わなかった。

(4) 同日午前七時一二、三分ころ、原告太郎からナースコールがあり、安藤看護婦が病室に赴いたが、原告太郎は、顔色が蒼白になり、四肢にもチアノーゼが出て、重い呼吸困難に陥り、意識不明、瞳孔散大の状態になって、ショック症状(以下「本件ショック」という。)を呈していた。

(5) 右(4)の当時当直室に不在であった乙山当直医は、同日午前七時二五分、ようやく病室に到着したが、原告太郎は、呼吸が停止し、橈骨動脈から触診によって脈を測ることもできなかった。同日午前七時三〇分、原告太郎の心停止が認められてから、乙山当直医らは、原告太郎に対し、気管内挿管(口から挿管チューブを入れて気道を確保すること)を二度試みたが、原告太郎の喉頭浮腫が著明なため、挿管チューブを挿入することができず、同病院の医師畠山直登(以下「畠山医師」という。)が代わって試みたが、功を奏さなかった。

(6) 被告病院耳鼻咽喉科教授である柳田則之(以下「柳田教授」という。)と乙山当直医及び畠山医師は、原告太郎に対し、緊急気管切開術を施すことを決め、同日午前八時施術を開始し、同日午前八時五分、ようやく気道が確保された。同日午前九時四五分、止血処置のため再手術が開始され、凝血一二〇グラムが除去され、同日午前一〇時三〇分終了した。

(7) しかし、右再手術前の本件ショックのため、原告太郎は、虚血性脳障害(低酸素性脳障害)に陥り、その後の治療にもかかわらず、脳機能をほとんど喪失し、認識記憶能力等の知的能力、運動能力の全てを失い、摂食から排便まで全ての生活領域において介助を必要とする心身状態になった。

(二) 原告太郎が本件ショック症状を来した医学的機序は、次のとおりであり、呼吸器系の異常を原因とするものである。

すなわち、本件手術の術後合併症である喉頭浮腫、術後出血により手術創の死腔に形成された血腫貯留及び滲出液貯留のため、原告太郎の気道が徐々に圧迫、狭窄されて、上気道閉塞を来たし、低酸素状態又は無酸素状態(換気性低酸素血症)に陥り、その結果二次的に循環系である心臓機能にも障害(心停止又はそれに近い状態)が発生したものであり、気道閉塞による急性呼吸不全によって生じた低酸素状態に基づくものである。本件ショックが、心原性ショックであることや中枢性疾患が寄与していることを疑わせる事実はなく、かえって、右(一)(6)の緊急気管切開術により気道が確保され、人口呼吸が可能になるとすぐに心拍が再開し、血圧も九〇ないし一六〇mmHg(以下血圧については単に数値で表示する。)に回復していることに照らしても、本件ショックの原因が、気道閉塞による呼吸不全によって生じた低酸素状態であったことが明らかである。

3  被告の責任原因(被告病院医師らの医療上の過誤行為)

(一) 頸部の切除手術や咽喉部の手術では、止血の処置にもかかわらず、生体の持つ作用である線溶現象(血液を凝固させる線繊素であるフィブリンを溶解させる作用)のため、止血部位のフィブリンが溶解されて、出血が再発し、出血性ショックを引き起こしたり、手術の過程で細い静脈が傷つけられ、術後出血が継続することが稀ではない。また、術後の大量出血による血圧降下に随伴して生じる呼吸抑制、又は患部に形成された比較的大きな凝血塊の圧迫がもたらす周囲組織の浮腫による呼吸抑制が発生する危険性や、右のような浮腫または凝血塊が頸部を走行する太い迷走神経を刺激し、徐脈や呼吸抑制を生じさせる可能性があることは、一般的医学的知見に属する。

したがって、被告病院医師らは、止血処置を確実に行うとともに、術後の出血には十分な注意を払うべき義務があった。

(二)(1) ところが、原告太郎には、同月二六日午後五時ころ、術後の経過としては異常な大量出血が認められたから、診療に当たっていた高牟礼医師としては、直ちに止血のための処置を採るか、少なくとも厳重に経過観察を行った上、再び大量の出血が認められた場合には直ちに止血のための手術を含む処置を採ることができるよう準備すべきであったのに、何らの処置も講じず、看護婦に厳重な監視を指示することもなかった。

(2) 安藤看護婦は、原告太郎の頸部から術後出血が続いており、同月二七日午前二時四五分ころには、右(1)の大量出血に引き続き大量出血が確認されたのであるから、直ちに当直医に連絡すべきであるのに、これを懈怠した。

(3) 同日午前六時三〇分ころ、それまでの症状の経過に加えて、原告太郎には皮下出血を伴う創部腫脹が認められ、息苦しさを訴えるなど、呼吸困難、呼吸抑制等の事態の発生を予見させる徴候があったから、乙山当直医は、原告太郎の容態の悪化を予見して、直ちに再手術に踏み切るか、又は呼吸困難に直ちに対処できる救急態勢(ベッドサイドへの救急器具の搬送等)を採るべきであった。しかるに、乙山当直医は、原告太郎の容態の悪化を予見せず、引き続いて発生する可能性のある緊急事態に備えて、上田主治医に緊急連絡することもしなかった。

(4) 乙山当直医は、当直医として緊急事態を予見して当直室に待機するなどして急な連絡に対応できるようにするべきであったにもかかわらず、これを怠り、本件ショックが発生した同月二七日午前七時一二、三分から一二、三分間当直室に在室せず、同日午前七時二五分にようやく病室に到着した。また、乙山当直医らは、本件ショックに対しては、原告太郎の低酸素性脳障害を回避するため早急に同原告の気道を確保するべきであったにもかかわらず、これを怠り、喉頭浮腫のため気管内挿管ができない状態にあった原告太郎に対し、漫然と三回も気管内挿管を試み、同日午前八時になってようやく緊急気管切開術に踏み切った。

(三) 右(二)(1)ないし(3)の過誤行為がなければ、本件ショックの発症を未然に防ぐことができ、また、右(二)(4)の過誤行為がなければ、本件ショックによる虚血性脳障害(低酸素性脳障害)の発症を回避することができた。

(四) よって、被告は、民法七一五条の使用者責任(原告太郎については予備的に債務不履行責任)に基づき、被告病院医師らの右過誤行為(以下、場合により「本件医療過誤」という。)によって原告らが被った後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 原告太郎

(1) 後遺障害

前記のとおり、原告太郎は、被告病院医師らの本件医療過誤のため、虚血性脳障害に陥り、脳機能をほとんど喪失し、認識記憶能力等の知的能力、運動能力の全てを失い、摂食から排便まで全ての生活領域において介助を必要とする心身状態になり、平成元年一一月一三日名古屋家庭裁判所で禁治産宣告(同年一二月二日確定)を受けた。

(2) 逸失利益

原告太郎は、昭和三七年三月二八日に出生し、本件手術までは、左頸部腫瘍以外には格別の疾病、障害のない元来健康な男子であり、南山大学経済学部四年に在籍する学生であったが、右(1)の後遺障害により労働能力を全て喪失した。就労可能年数の終期六七歳までの原告太郎の逸失利益は、昭和六三年賃金センサスによる大学卒(産業計企業規模計)平均賃金年間五四五万九六〇〇円に基づき、新ホフマン方式(係数23.231)により算定すると(生活費控除五〇パーセント)、六三四一万五九八三円となる。

(3) 入院中付添看護費用

原告太郎は、虚血性脳障害のため、昭和五八年七月二七日から昭和六二年一一月二二日(一九四六日間)被告病院で入院治療を受け、その間付添看護を要した。右付添看護費用は一日七〇〇〇円とするのが相当である(合計一三六二万二〇〇〇円)。

(4) 退院後付添看護費用

原告太郎は、右(1)の後遺障害のため、退院後も五〇年間にわたって付添看護を必要とし、右付添看護費用は、一日七〇〇〇円とするのが相当であるから、新ホフマン方式(係数24.7019)により算定すると、四五〇八万〇九六七円となる。

(5) 慰藉料

本件医療過誤の態様、その結果としての虚血性脳障害による重篤な後遺障害の発生その他本件の諸事情に照らせば、本件医療過誤により原告太郎が被った精神的苦痛に対する慰藉料は、二〇〇〇万円とするのが相当である。

(6) 原告太郎後見人である原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)は、本件原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その弁護士費用として、日弁連の報酬基準に基づく六〇四万五〇〇〇円の支払義務を負担した。

(二) 原告一郎及び同甲野春子(以下「原告春子」という。)の各損害

(1) 慰藉料

原告一郎及び同春子は、本件医療過誤による不法行為のため、子の死亡にも比肩する精神的苦痛を被ったほか、原告太郎に対する長期の入院中及び将来にわたる看護の必要等の本件の諸事情に照らせば、本件不法行為により原告太郎が被った精神的苦痛に対する慰藉料は、各五〇〇万円とするのが相当である。

(2) 原告一郎及び同春子は、本件原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その弁護士費用として、各自日弁連の報酬基準に基づく四九万五〇〇〇円の支払義務を負担した。

5  よって、原告らは、被告に対し、右各損害金とそのうち弁護士費用を除いた損害金に対する本件不法行為の日である昭和五八年七月二七日から、弁護士費用に対する訴状送達の日の翌日である平成三年一月二九日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の各事実は認める。

2(一)  同2(一)(1)の事実中、昭和五八年七月二五日、本件手術が施行されたこと、手術時間が五時間五〇分に達したことは認める。同(2)の事実中、同月二五日午後一〇時の出血を除いて原告ら主張の出血があったことは認めるが、右時刻の出血の事実及びその他の出血についても相当量の出血であったことは否認する。同(3)の事実中、同月二七日午前三時、原告太郎が、安藤看護婦に対し、何度も痰を出して苦しさを訴えていたこと、及び、安藤看護婦が、原告太郎の手術部位が腫れていることを認めたことは否認し、その余の事実は認める。午前六時三〇分の時点で、原告太郎には、チアノーゼ、喘鳴及び吸気時胸骨上の陥凹等閉塞性呼吸困難を示す客観的症状はなく、乙山当直医からの「大丈夫か」という問いかけに対して頷いた。同(4)の事実中、時刻の点を除いたその余の事実は認める。原告太郎からナースコールがあったのは、同日午前七時二〇分である。(5)の事実中、同日午前七時二五分、乙山当直医が病室に到着したこと、原告太郎の呼吸が停止し、橈骨動脈から触診によって脈を測ることができなかったこと、同日午前七時三〇分、原告太郎の心停止が認められたこと、及び、乙山当直医らが、原告太郎に対し、気管内挿管を二、三度試みたが、挿管チューブを挿入することができなかったことは、認めるが、その余の事実は争う。同(6)の事実中、気管切開術の開始時刻の点を除いたその余の事実は認める。緊急気管切開術を開始したのは、当日午前七時四五分である。同(7)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実は争う。本件ショックの発症は、原告太郎に投与されていた向精神病薬によるものか、そうでなければ不明である。

3  同3の事実は争う。原告太郎には、同日午前七時五分の段階でも、呼吸困難を示す客観的症状は認められなかったから、本件ショックの発症を予見することは不可能である。また、乙山当直医は、同日午前七時二五分に病室に到着し、同日午前七時四五分には緊急気管切開術を開始しているところ、緊急気管切開術は気管内挿管に比べて侵襲による危険が伴うから、気管内挿管を二、三回試み、これが奏功しない場合に緊急気管切開術を行うのが妥当であり、一回の挿管操作に少なくとも五分程度の時間が必要になり、その他全身状態の把握、血管確保、薬物指示、器具の準備等の時間を必要であるから、緊急気管切開術を開始するまで一五分ないし二〇分程度の時間は必要である。

4  同4の事実は争う。

三  抗弁

原告太郎は、本件後遺障害により、障害基礎年金として一〇五七万九五二七円の支給を受けたから、同原告の損害額から右の金額が控除されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、原告太郎が、本件後遺障害により、障害基礎年金として一〇五七万九五二七円の支給を受けたことは認めるが、その余の主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  当事者及び本件医療契約の成立

1  被告は、被告病院を開設して医療行為等の業務を行っているものであることは、当事者間に争いがない。

2  原告太郎は、昭和三七年三月二八日生の男性であり、昭和五七年一〇月一四日被告病院において左頸部腫瘍(ガマ腫)の治療のためその摘出手術を受けたところ、昭和五八年四月頃、当該部位に再び腫れが生じたため、同年六月一五日、同病院で診療を受けた結果、左頸部リンパ管腫瘍(良性)と診断され、再度腫瘍摘出手術を受けることとなり、同年七月八日、同病院に入院したことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、右入院の際、原告太郎と被告との間において、右の左頸部リンパ管腫瘍に対する適切な診療行為(全身状態に対する術後管理を含む。)を行うことの準委任契約(本件診療契約)が成立したものというべきである。

二  本件手術の内容及び術後経過

甲第七号証、第一二号証、第二〇号証、第三九号証、乙第一号証、乙第二号証、乙第四号証、乙第六号証、乙第二六号証の一部、乙第三二号証の一部、乙第三八号証、乙第四八号証の一、証人上田幸夫、同安藤詳子、同乙山丙男、同皆川博子、同畠山直登、同人柳田則之の各証言の各一部、証人芦沢直文の証言、原告甲野一郎本人尋問の結果、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(この認定事実の一部は、「第二 事実関係」欄記載のとおり当事者間に争いがない。)。

1  原告太郎は、昭和五七年一〇月一四日、被告病院において、左頸部リンパ管腫摘出手術を受けたが、右腫瘍摘出のため、原告太郎の下顎骨内縁、耳下腺付近まで剥離し、顎下腺を合併切除する処置を要した。

2  しかし、原告太郎について、昭和五八年四月、同一部位に再度リンパ管腫が認められたため、同年七月八日前示の入院の後、同月二五日午後二時二五分、被告病院において、上田主治医及び高牟礼医師らにより、左頸部の切開及びリンパ管腫摘出手術(本件手術)が施行された。原告太郎の下顎骨膜が一部欠損しており(前回の手術によるものと推定される。)、嚢腫(分泌物が貯留し嚢胞状を呈する腫瘍)が周囲の組織に浸潤し、その摘出のためには顎二腹筋の切除を要した。そして、嚢腫は上方が側頭窩下(耳の下の奥深い部分にあたる)まで達し、手指の触診で翼突筋茎状突起、翼状突起を触れ、明視下における嚢腫の完全摘出は不可能であり、可視の及びにくい箇所は、鋭匙で嚢腫を掻爬し、可及的摘出するにとどめざるをえなかった。かなりの拡大手術となり、所要時間も五時間五〇分に達し、同日午後八時一五分本件手術が終了した。

3(一)  原告太郎の引き続き被告病院に入院して術後管理を受けていたが、同月二六日午後二時の時点においてそれぞれドレインから血液の排出が認められ、頸部のガーゼも血液で汚染されるなど出血が続いており、同日午前五時三〇分には、ドレインから排出される血性の排液のためガーゼが汚染される範囲が拡大した。

(二)  同日午前一〇時、柳田教授、高牟礼医師及び安藤看護婦が院内を回診した際にも、ドレインから排出される血性の排液によりガーゼが汚染されていることが確認され、創部を圧迫するとドレインから血性の排液が認められた。原告太郎は、同日午後一時三〇分には、昼食として主食を三分の一、副食を五口程度摂取し、同日午後二時、バルーンカテーテルが抜去されて徒歩でトイレに行くことも可能になったものの、さらに出血は続き、同日午後五時、創部からの出血によりガーゼが汚染され、さらに寝衣とベッドのシーツが汚染されたため、交換された。

(三)  同日午後五時三〇分、高牟礼医師は、ドレインからやや多量に出血していることを認め、血液で汚染されたガーゼを交換した。

(四)  同月二七日午前二時四五分、安藤看護婦は、ドレインからの出血により頸部のガーゼ、さらには寝衣の襟元が汚染されていること(ベッドのシーツにも血が少し付いていた。)を認めたので、右寝衣を交換し、原告太郎の創部に当てていた五枚程度のガーゼの上に、更に五枚程度追加して絆創膏で留める圧迫止血処置をした。出血はなお持続している様子が確認され、かつ、この時の出血量は、術後三〇時間以上経過している患者としては、通常みられない程多量であった。なお、脈拍は七二であった。同日午前三時にも、安藤看護婦は、ドレインから出血が続いていることを確認した。

(五)  同日午前六時三〇分、安藤看護婦は、原告太郎から息苦しさを訴えられて不安を感じ、乙山当直医に連絡した。ドレインから滲み出たやや多量の出血によりガーゼが汚染し、創部が腫れて皮下出血があること、及び、脈拍が一一二に上昇していることが認められた。乙山当直医は、ガーゼを交換して、圧迫止血の処置をしたが、それ以上の措置は採らなかった。

(六)  同日午前七時二〇分ころ、原告太郎からナースコールがあり、原告太郎は、ベッドの上に座った状態で、顔色が蒼白からチアノーゼに変化し、四肢にもチアノーゼが出て、重い呼吸困難に陥り、瞳孔散大の状態になっており、ショック症状(本件ショック)を呈していた。被告病院の婦長皆川博子(以下「皆川婦長」という。)は、原告太郎に対しエアウェイ(口腔及び鼻腔から気管までの気道を確保するための器具)を挿入し、心マッサージを開始し、詰め所にいた看護婦に対し医師を呼ぶよう指示した。また、安藤看護婦は原告太郎の口腔内を吸引した。

(七)  同日午前七時二五分、乙山当直医が病室に到着し、原告太郎の呼吸が停止していることを認め、原告太郎にアンビューバッグ(人工呼吸器)を装着し、創部のガーゼを除去して圧迫をとり、酸素を右バッグに接続した。原告太郎の心臓の機能も悪化し、橈骨動脈から触診で脈を測ることができなかったため、心電図モニターを装着して心電図による計測が開始された。

(八)  同日午前七時三〇分、原告太郎の心停止が認められたため、乙山当直医は、ボスミン(心臓の拍動の力を強める薬)を投与するなどした。同時刻ころ、畠山医師が病室に到着した。その後柳田教授が病室に到着し、乙山当直医は、原告太郎に対し気管内挿管を二度試みたが、挿管チューブを挿入することができず、畠山医師が代わって試みたが、功を奏さなかった。

(九)  同日午前八時前、上田主治医が病室に到着し、同日午前八時、乙山当直医、柳田教授及び畠山医師が、原告太郎に対し、緊急気管切開術を施行し、同日午前八時五分、気道が確保されて血圧が安定し、心電図もほぼ正常に近い形になった。

(一〇)  同日午前九時四五分、原告太郎に対し、止血処置のため再手術が行われ、凝血塊が一〇〇グラム摘除され、同日午前一〇時三〇分終了した。

(一一)  しかし、原告太郎は、本件ショックにより虚血性脳障害(以下「本件虚血性脳障害」という。)に陥り、その後の治療にもかかわらず、脳機能をほとんど喪失し、労働能力はもとより認識記憶能力等の知的能力、運動能力のすべてを失い、食事から排便まですべての生活領域において介助を要する状態となった。

以上の事実が認められ、乙第二六ないし第二八号証、乙第三二号証、証人上田幸夫、同安藤詳子、同乙山丙男、同畠山直登及び同柳田則之の各証言、原告甲野一郎本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、当時の看護記録である乙第四号証の記載に反すること等に照らしてにわかに採用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

三  被告の責任原因

原告らは、本件虚血性脳障害は、被告病院医師らの医療過誤によって生じたものであると主張するので、検討する。

1  まず、本件ショックの医学的機序について検討すると、前記認定の本件手術の内容及び術後経過並びに甲第一号証、第二七、第二八号証、第三六号証の一ないし六、乙第四号証、第三七号証並びに鑑定の結果によれば、(一)本件手術は侵襲の大きな拡大手術であり、手術操作による咽頭・喉頭の粘膜及び粘膜下の循環障害、機械的な刺激及び出血等のため、声門上腔(喉頭蓋、披裂喉頭蓋ひだ)及び声門下腔(輪状軟骨内側)の浮腫(喉頭浮腫)が形成され、創部からの術後出血が続いて、昭和五八年七月二六日午前二時から翌二七日午前六時三〇分までの間も著減することなく持続し、一部はドレインから体外に排出されたものの、一部は排出されずに術創部内に貯留し、凝固して血腫が形成され、滲出液も貯留されたこと、(二)そして、これらの喉頭浮腫、血腫及び滲出液貯留により、原告太郎は、気道が徐々に圧迫、狭窄されて、上気道閉塞を来たし、遅くとも同月二七日午前六時三〇分ころには気道狭窄症状が発現し、同時刻から同日午前七時五分ころにかけて軽度の低酸素血症による全体状態の悪化がみられ、脈拍は、同日午前二時四五分時点の七二から同日午前六時三〇分には一一二に急上昇し、さらに原告太郎には息苦しさの自覚症状が出現したこと、(三)気道狭窄はさらに進行して上気道が閉塞され、同日午前七時二〇分ころまでの間に、原告太郎は、急激に、重い呼吸困難に陥り起座呼吸を余儀なくされ、チアノーゼ等の呼吸困難症状が顕著に出現し(なお、上気道閉塞による呼吸困難は、気道狭窄の程度が一定限度に達したときに急に発現するものであり、それ以前の段階では、チアノーゼ、喘鳴、吸気時胸骨上の陥凹等の閉塞性呼吸困難を示す客観的症状を出現させるには至らない。)、換気性低酸素血症は高度なものとなって本件ショック症状を呈し、二次的に循環系である心臓に影響を及ぼし、心停止又はそれに近い状態が発生したこと、以上の事実が認められるから、本件ショックの原因は、前示の喉頭浮腫、血腫及び滲出液貯留等のため、原告太郎の気道が狭窄されて上気道閉塞を来したことによる呼吸系の異常によるものということができる(なお、鑑定の結果によると、本件ショックの発症には、迷走神経の圧迫刺激による徐脈、心停止等も原因として競合している可能性は考えられるが、喉頭浮腫、創部の血腫による気道圧迫が、重要な原因を形成していることも認められるから、両者間に医学的機序としての因果関係を認めることができる。また、仮に本件ショックの発症に迷走神経の圧迫刺激による徐脈等が競合していたとしても、これも前示の術後出血の持続によって形成された血腫、浮腫により生じた可能性のあることも否定することができない。)。

もっとも、被告は、(一)一側(左側)の頸部手術である本件手術によって、気道狭窄の合併症を来すことは、実例がほとんどないから、本件ショックも気道狭窄を原因とするものではない旨、(二)原告太郎に対し向精神病薬の投与が続けられていたから、本件ショックは右向精神病薬の副作用によるものであるか、そうでなければ原因は不明である旨主張する。

しかし、甲第三六号証の二ないし五、証人芦沢直文の証言、鑑定の結果によれば、一側頸部の手術ではあっても、手術による侵襲の程度によっては腫脹、咽頭及び後頭部腫脹、喉頭浮腫、血腫により気道狭窄を来すことが、複数の症例報告によって明らかにされ、解剖学的にみても、頸部は、直径一二、三センチメートルの円筒状の非常に限られた空間の中に咽頭、気管、食道、大血管、脊柱、脊髄神経、筋肉、甲状腺、その他の重要な器官、臓器が集中しているから、一般にこの部位に手術操作を加えた場合には、喉頭浮腫による気道閉塞、大血管圧迫、術後出血等に起因する特有の術後合併症を起こす可能性が十分考えられる上、前示のとおり本件手術が侵襲の大きな拡大手術で完了まで長時間を要し、持続的な出血や滲出液貯留等がみられたことにかんがみると、原告太郎についても同様の事態の発生が懸念され、実際上も看護記録(乙第四号証)の七月二七日午前七時三〇分の欄に浮腫著明であった旨(「浮腫著明にて挿管困難」との記載)が記載されているから、それ以前の段階から浮腫が生じていたものと考えられること、鑑定人高見博においても、侵襲の大きな本件手術操作により、局所の循環障害、機械的な刺激、出血などの機序により気道が圧迫されることは避けられないとし、気道狭窄が本件ショックの原因をなしているとの見解を示していることに照らして採用することができない(なお、原告太郎の喉頭浮腫の所見に関する証人乙山丙男の証言は、右の看護記録の記載に反し、浮腫を確認していないと証言する一方で、気管内挿管の際に舌が沈下していて見えにくかったので、腫れているのではないかと思ったとも証言し、不自然な点や曖昧な点があって採用し難く、かえって、前示のとおり、乙山当直医らが気道内挿管を数度試みて失敗し、アンビューバッグによる人工呼吸も奏効せず、結局緊急気管切開を行ったところ、これにより気道が確保された時点で血圧が安定し心電図が正常化していることについては、他に特段の事情が認められない以上、呼吸系の原因により異常を来していた循環系が正常に復したものと考えるのが相当であり、この事実からも喉頭浮腫等により気道閉塞があったことを推認することができる。)。

また、甲第一四号証の一、二、乙第一号証、乙第九号証、乙第二五号証、乙第三五号証、証人上田幸夫の証言によれば、昭和五八年四月一二日ころから、原告太郎に対し、向精神病薬であるセレネーヌ、メレリル、ピレチア、ベゲビタミンB、アーテンSRが投与されたこと、医学文献上、向精神病薬治療患者が原因不明の悪性症侯群に罹患し、死に至ることもある旨の記述があることがそれぞれ認められるものの、原告太郎に対する向精神病薬の投与は三か月余りにすぎなかったことも認められる上、甲第三六号証の一及び証人芦沢直文の証言によれば、精神科医として二〇年以上の臨床経験を有する医師三名が、本件の投与量と投与期間では術後に重篤な合併症を起こす可能性はないと述べていることが認められること、右の乙第二五号証及び乙第三五号証によっても、向精神病薬治療患者の悪性症侯群が向精神病薬の副作用によることが解明されているとはいえないこと等の事情に照らして、被告の右(二)の主張も採用することができない。

そのほか、乙第二六号証、第三九号証の各記載及び証人柳田則之、同上田幸夫、同乙山丙男の各証言中、本件ショック発症の医学的機序に関する前示の認定に反し、又はその趣旨に帰着する部分は、右に説示した点に照らして採用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

2  次に、被告病院医師らに、本件ショックによる本件虚血性脳障害の原因となる医療上の過誤行為があったかどうかについて検討する。

(一) 甲第二七号証、甲第三六号証の一、乙第五四号証、証人芦沢直文の証言、及び鑑定の結果によれば、医学上の知見として、頸部が解剖学的、生理学的に複雑な臓器であることにかんがみ、当該部位に切開手術が施された場合には複雑な因子が絡み合って合併症が発生することが考えられ、とくに本件手術のようにかなりの拡大手術であり、長時間を要する手術が施された場合には、創部からの術後出血、滲出液貯溜、咽頭部及び喉頭部の浮腫等に起因する気道狭窄症状が強く懸念され、重大な事態の発生も考えられるから、厳重な術後管理が必要であったことが認められる。

(二) 右の医学上の知見と鑑定の結果に照らして、前記二3で認定の被告病院医師らの措置をみれば、原告太郎の創部からの出血量は術後一日以上経過しても著減していなかったことから、この時点で止血のための緊急手術が検討されるべきであったし(なお、この点の被告病院医師らの判断について、過失とまではいうことができないとしても、鑑定の結果によれば、通常は右の時点で止血に対する緊急手術を考えるものであり、また、同日午前二時四五分の時点では、出血、滲出液貯溜とも大きな変化がなく、そのまま経過観察を継続するだけでは改善されないから、緊急事態の可能性も念頭に置くものと認められる。)、少なくとも、直ちに右の止血のための措置を採らないで経過観察を続けることとした場合には、その後の出血の状況や滲出液貯溜、喉頭部の浮腫等の出現及び程度、並びに原告太郎の全身状態の変化に注意して厳重かつ積極的な術後管理を行い、緊急事態の発生に備えて、予め緊急気管切開術等の準備ないし態勢を整え、かつ、状況によっては、躊躇することなく早急に、確実に気道が確保できる処置等を講じるべきであった。

ところが、前記二3の事実関係によれば、同月二七日午前六時三〇分時点における原告太郎の喉頭浮腫の状況、脈拍等の全身状態、息苦しさの自覚状況等から気道狭窄症状が認められ、さらにチアノーゼの出現等重篤な事態へと増悪することが予見できたにもかかわらず(前示の原告太郎の疾病の部位、病巣の程度、本件手術の内容、それまでの術後経過並びに頸部浮腫等に起因する気道閉塞による呼吸困難発症機序に関する医学的知見に照らして考えれば、仮に乙山当直医において気道狭窄症状と判断せず、その後の重篤な事態の発生を予見しなかったとすれば、そのこと自体が医療上の過誤に当たるものというべきである。)、乙山当直医において緊急気管切開術の施行等の処置を検討せず、気道狭窄症状改善のため有効な処置を採らなかったため、本件ショックの発症を経て、本件虚血性脳機能障害に陥ったものというべきであるから、乙山当直医には、医療上の過誤(医師としての過失及び本件医療契約上の債務の不完全履行)があったものというべきである(なお、証人乙山丙男は、同日午前六時三〇分の時点において、乙山当直医のした「大丈夫か」との問いかけに対し、原告太郎が頷いたと証言するが、仮にそのような事実があったとしても、右に述べた客観的な症状に照らして、乙山当直医の右医療上の過誤を否定しうるものではない。)。

乙第二六号証、第三九号証の各記載及び証人柳田則之、同上田幸夫、同乙山丙男の各証言中、本件ショックの発症が喉頭浮腫等に起因する気道閉塞によるものではないことを理由に右の医療上の過誤を否定する趣旨の部分は、その前提を欠くものであり、また、そのほか医療上の過誤に関する右の判断に反する趣旨の部分は、既述した諸事情に照らして採用し難く、他に右の判断を動かすに足りる証拠はない。

(三) 前示の喉頭浮腫、血腫及び滲出液貯留等に起因する上気道閉塞と本件ショック発症との間に相当因果関係が認められることは前示したところから明らかであり、かつ、本件の事実関係のもとでは、本件ショックと本件虚血性脳障害との間にも相当因果関係のあることも明らかであるから、乙山当直医には、本件虚血性脳障害の原因となる医療上の過誤行為があったものというべきである。

そうすると、民法七一五条に基づく被告の不法行為責任をいう原告らの主張(原告太郎については主位的主張)は理由がある。

四  原告太郎の損害

1  原告太郎の逸失利益

(一) 後遺障害

甲第三、第四号証、第五号証の一ないし三、甲第一二号証、甲第二一号証、原告甲野一郎本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、昭和三七年三月二八日に出生し、本件医療事故当時、左頸部腫瘍以外には格別の疾病、障害のない健康な男子であり、南山大学経済学部四年に在籍する学生であったが、本件虚血性脳障害のため、脳機能のほとんどを喪失し、労働能力はもとより認識記憶能力等の知的能力、運動能力のすべてを失い、食事から排便まですべての生活領域において介助を要とする状態となり(以下「本件後遺障害」という。)、平成元年一一月一三日、名古屋家庭裁判所において、禁治産宣告を受けたことが認められる。

(二) 右(一)の事実によれば、原告太郎は、本件不法行為がなければ、昭和五九年三月に前記大学を卒業し、同年四月から平成四一年三月まで稼働することが可能であり、この間昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・旧大・新大卒・男子労働者・二〇歳ないし二四歳の平均給与額(年収)二二五万七三〇〇円の割合による収入額を得ることができたものと推認される。そこで、右収入額から新ホフマン方式により中間利息を控除して原告太郎の労働能力喪失(一〇〇パーセント)による逸失利益を計算すると、五二四三万八六五九円となる(本件の逸失利益の計算上生活費は控除されない。)。

2  入院中付添看護費用

甲第一二号証、乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、本件虚血性脳障害のため、昭和五八年七月二七日から昭和六三年一一月二二日までの一九四六日間被告病院に入院を余儀なくされ、その間付添看護を要したことが認められる。そして、右付添看護に要する費用は一日四〇〇〇円と認めるのが相当であるから、この間の添看護費用の合計は七七八万四〇〇〇円となる。

3  退院後の付添看護費用

甲第一二号証、甲第三九号証、検甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、昭和六三年一一月二二日に退院後も本件後遺症のため将来にわたって五〇年間介護を要すると認められ、この間の右介護費用は、一日四〇〇〇円(一年を三六五日として計算して、五〇年間の合計は四五〇八万〇九六七円)とするのを相当と認め、新ホフマン方式係数21.708(26.0723―4.3643)を乗じて計算すると、三一六九万三六八〇円となる。

4  慰謝料

前示の本件不法行為の態様、入院期間、本件後遺障害の程度その他本件諸事情に照らせば、本件不法行為により被った原告太郎の精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

(合計一億一一九一万六三三九円)

5  損益相殺

原告太郎が本件後遺症に関し障害基礎年金として一〇五七万九五二七円の支給を受けていたことは、当事者間に争いがなく、これを逸失利益から控除するのが相当であるから、そうすると、右損益相殺後の損害(ただし、弁護士費用を除く。)の合計は一億〇一三三万六八一二円となる。

五  原告一郎及び原告春子の損害

原告太郎の両親である原告一郎及び同春子は、本件不法行為により、子が死亡したときにも比肩するべき精神的苦痛を被ったものというべきであり、前示の本件諸事情に照らせば、原告一郎及び原告春子が本件不法行為によって被った精神的苦痛は各自五〇〇万円と認めるのが相当である。

六  弁護士費用

原告一郎、同春子及び原告太郎後見人原告一郎が、平成二年一〇月三一日、本件原告訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起・追行を委任したことは、当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、性質、難易度、認容額等にかんがみると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、原告一郎、同春子について各四九万五〇〇〇円、原告太郎について六〇四万五〇〇〇円と認めるのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告一郎、同春子の本訴各請求は理由があるからこれを認容し、原告太郎の本訴請求は、主文第一掲記の限度で理由があるから、その範囲でこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用し、仮執行宣言免脱の申立ては相当ではないので却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙橋勝男 裁判官後藤健 裁判官高谷英司)

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